鎧に身を包んだ怪物魚、ダンクルオステウス
以前に書いた陸上に初めて脊椎動物が進出することになり、後の恐竜時代の基盤を作ることになった時代、デボン紀の詳細を記事に書き留めた。デボン紀は古代の魚類にとって楽園ともいうべき時代で数多くの種が繁栄を謳歌した。
現在の魚類は「硬骨魚類」という種が大半を占めているが、この時代の生態系の頂点に立っていたとある怪物魚は「板皮類」(ばんぴるい)という頭部から胸部にかけて、まるで甲冑を纏っているかのような、強固な骨板があった。
鎧をまとった魚たち
原始的な顎を持った魚類であり、この顎を活用し、様々なものを食べることができるようになり、種の多様性を広げることに成功し彼らはデボン紀に主に海洋全域で活動しており、同時代の魚類の80%もの割合を占め、この時代の生態系の上位者であった。
しかし活動していた時間は短く、デボン紀が終わり石炭紀前期に入るころにはすべての種が絶滅してしまった。今回の主役はその鎧を持った魚たちの中でまさに怪物と称しても申し分ない、代表格にして当時の海の頂点に君臨していた王者を取り上げる。
鎧を纏った怪物
今回の記事の主役は「ダンクルオステウス」もしくは「ダンクレオステウス」もう一つの名は「ディニクチス」、名前の意味は「ダンクルの骨」、古生物学者デイヴィッド・ダンクルがこの魚を発見したことから名づけられた。約4憶1900万年前から3億5900万年前の古代の海洋で生きていた同時代の生態系の頂点と称される、板皮類の代表格である。化石はアメリカ、ヨーロッパ、北アフリカと世界各地で発見されている。
全長はなんと8mから10mにも達したとされる、小型のものが多い板皮類の中で規格外の巨体を誇り、他の魚類を積極的に捕食していたとされる。最大の特徴は頭をほぼ覆っている骨質のプレートからなる頑強な装甲版である。
この装甲は頭部全体を覆い、ほぼ同化しておりもはや巨大な顔と言っても過言ではなく、ダンクルオステウスの今まで発見されている化石の中ではこの頭部の装甲以外があまり見つかっていない。この装甲は目にまで及んでおり、彼らのがどのような顔をしていたのか素人でもわかるほどに頭部と一体化されていた。
そして最大の武器はその装甲から口元に突き出た刃状のプレート上の骨板であった。これは一見すると歯の様に見えるが、これは頭部の装甲から伸びてできたもので、歯に見えるだけで実際は全くの別物である。口の中に「歯」と呼べる器官は存在しなかった。
装甲は化石として完全に残るほどの頑強さを持ち、複数枚のプレートで構成され関節部はボールジョイント状の器官で繋がっており、多少は可動性があった。その反面胴体は軟骨質の骨で構成されており、化石には残りづらく、体長はほかの甲冑魚を参考に再現しており正確な体格は判明していない。
あまりにも攻撃的かつ恐ろしい
彼らはその攻撃的な印象の見た目から、獰猛な捕食者だったことは明白である。その頑強な顎と装甲から繰り出される、咬合力は顎の前方で4.3t、奥はなんと5.4tにも及び、その力は後に現れる恐竜の王者ティラノサウルスにすら匹敵したとのこと。
顎は下顎を開くと同時に上顎も稼働する構造で、これゆえ大きな獲物を捕食することができたが、歯の形状は獲物を噛み切ったり、かみ砕くことには適していたが咀嚼することには不向きで、獲物を捕食した際には肉片はほぼ噛まずに丸呑みにして食べていた。
他の甲冑魚を捕食した際には消化できない装甲部分を吐き出していたとされ、ダンクルオステウスに食われ、その後吐き出されたとみられる吐瀉物の化石も数多く発見されている。
海中では巨体な上に柔軟性に乏しく重い装甲板が仇となり、水中では機敏に動けなかったとされる。当時の海は遊泳力が高い生物がほぼおらず、彼らぐらいのスピードでも十分に対応できた。
また淡水への適応性もあり、獲物を探すために川を遡り、食糧探しをしていた可能性も考えられている。
環境変動に敵わず絶滅
その攻撃性はデボン紀当時としては圧倒的であり、その時期衰退をたどっていた顎のない魚、無顎類を始め、様々な生物たちにとって絶対的な捕食者の地位を築き上げたが、デボン紀末期の大絶滅により、ダンクルオステウスたち板皮類はその存続を絶たれた。
絶滅理由には諸説あれど、気候変動による環境変化か、そのあおりを受け当時既に現れていた古代のサメ類との生存競争に敗れた結果ともされている。
これほどの化け物ですら環境の変化には適応できず、やがて死に絶え化石にしか生存の痕跡を残さないというのも物悲しい話である。